2013.1.7.
その電話は、ある静かな午後にかかってきた。
携帯の画面に表示された番号には、見覚えがなかった。
営業かな?間違い電話?
とくに気に留めることもなく、そのまま着信は放置された。
だが、どこか心の片隅にひっかかるものがあった。
なぜか、忘れようとしても、その番号がふとした拍子に頭に浮かんでくる。
翌日、好奇心に突き動かされるように、番号を検索してみた。
――奈良県のホテル。
ただの間違い電話かもしれない。
そう思いながら、ホテルの場所を確認するために地図を開いた。
そのとき、不意に目に飛び込んできたのは、そのすぐそばに記された地名。
橿原神宮(かしはらじんぐう)。
「……橿原神宮?」
不意に心臓が、ひとつ跳ねた。
そう、あの橿原神宮。
神武天皇が祀られている、由緒正しき神社。
学生時代、宮崎神宮からほんの数百メートルの場所に住んでいたのだった。
日向の国を旅立った神武天皇が、東征の末にたどり着いた地、それが橿原。
そこで即位されたその日――2月11日は、「建国記念の日」として今に伝わっている。
「建国記念の日……」
呟いたその瞬間、胸の奥に、ひとつの記憶がよみがえった。
――元旦に、夢に現れたサルタヒコ。
導きの神。
分岐点に立つ者たちを、正しい道へと導く存在。
まるで何かを知らせるように現れたサルタヒコ。
これは、偶然なのだろうか?
それとも、誰かが私の進む道にそっと光を落としてくれているのだろうか?
思い返せば、一昨年の一月にも、「建国記念の日」というキーワードがどこからともなく現れたことがあった。
あのときも、何かが静かに動き出していた。
また、何かが始まるのだろうか。
サルタヒコは、一体どこへ私を導こうとしているのだろう。
一見ただの間違い電話。
けれどその裏には、遠く神話の時代から続く、見えない糸が結ばれていたのかもしれない。
私はまだ、神武天皇のことを深く知っているわけではなかった。
けれどこのときから、確かに彼の名が、私の心に入り込んでいた。
不思議なことに、それはほんの序章に過ぎなかったのだ。
――そして後に、私は神武天皇の名に、何度も、何度も、導かれていくことになる。
それが、自分でも知らなかった旅のはじまりだとは、まだ気づいていなかった。